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OCS NEWS -Oct 28.1994
OCS NEWS 10/28/1994 文責:飯村昭子 気の力で難病に挑戦する格闘技の元チャンプ 綾空会 主宰者 新倉勝美氏 勝つことが唯一最高の目的だった空手チャンプが、自分で体得した気の力で、医師の見放した難病を薬なしで治すことに挑戦している。 ミシガン州スターリングハイツでの、一日本人の闘う人生 難病人 千人治癒が目標 ミシガン州デトロイト市から車で約40分のスターリング・ハイツにある「綾空会」合気道道場の朝は早い。8時半に第一番目の“患者”がやってくる。 駐車場に面した道場のガラス窓に人影が見えると、道場の主宰者である新倉勝美氏(50歳)は掃き清めたマットの上に白い紙のテーブルクロスを敷き、どうぞという仕ぐさをする。 横になった女性の“患者”にむかって手をかざし、気を送る。新倉氏の上下の前歯のすき間から激しい吐息の音が響く。 10分足らずの気で、患者の頬は見違えるように血色を帯び、リラックスして見える。 子宮筋腫で医師に手術をすすめられているが、できれば手術をしないで治したいと、これで5、6回気を受けた。「筋腫が信じられないくらい小さく柔らかくなりました。」と嬉しそうだ。 2歳くらいの赤ちゃんを抱いた母親がやってきた。やせたからだは枯れ木のように強ばっている。人形のような無表情な子供を抱きとると、新倉氏は子供をあやすようにして歩き回り、力いっぱい気を送る。数分たって母親の胸に戻ってきた子供は、打って変わって子供らしい表情で体の硬直もとれている。 「センセイから気をいただくとこの子は物を食べてくれるんです。そうしないと食べ物をいっさい受け付けなくて…」 一日約40人から60人に気を送る。医師から見放された末期がん、脳腫瘍、半身不随や性能力の衰えた人、肩の痛みや近視の人など重さはまちまちだ。 ベットから動けない人はこちらから訪問する。こらまでに7人の末期がんを治した。 治療費はタダ。新倉氏に医師のライセンスがないためである。患者はマットの上に敷くベットの代わりの紙代として、備え付けの缶に50セント入れるだけ。 「気を出すととても消耗します。だから食事は1日5回、ちょっと時間があればすぐ横になります。」 収入になる空手や合気道のクラスをやめて気に専念するようになってからは、道場の家賃の支払いも苦しくなってきた。 「でもなんとかして医師の見放した難病を千件治せば、その実績で正式な治療師として認められるのではないかと、その希望で千人治癒を目指してがんばっているところです。」 わが子の脳腫瘍 気の力は風の力であると気づいたのは12歳の時だった。 鳥はなぜいつも決まった木に戻るのだろう、蟻はなぜ自分の体より大きい餌を運べるのだろう、と普通の人なら全く疑問に思わないことばかり考えているうちに、“風の力”ではないかと思いついたのだった。 空気が動くとものを動かす力が出る。それが風だ。体の中にも風があって、それが心臓や血液を動かす。体の中の風、それは呼吸だ。意識して深呼吸し、それを吐いて体の中に風を起こした。 掌からこの力を外に出せる。 そんなことを考える変わった新倉少年は体が小さくて弱く、同級生のいじめの的だった。12歳で格闘技を習い始めたのは、けんかに強くなりたい一念だったという。 空手、合気道、居合道、小太刀、柔道、剣道、槍、その他日本の格闘技はすべて収得した。その段数を全部加えるとで30段になる。 23歳で結婚、24歳でレスリングを始めた。国際空手選手権大会に神奈川県代表として出場し、世界のチャンピョンになったのは1967年、27歳の時である。 農家だった実家の納屋を改造して道場「綾空会」を作り、親のない子供を集めて格闘技を教えた。ケガした弟子の足に新倉氏が湿布すると治りが早かった。 何千回もの試合で負けたのは3回だけという、こわいもの知らずの格闘技のチャンプを突然絶望の淵に落とし入れたのは、7歳の長女佳代ちゃんの病気だった。 脳腫瘍。手術しても一年は生きないだろうと、医者にいわれた。失明の可能性もある。手術後7ヶ月で再発し、その5年間に7回再発を繰り返した。 手術のたびに大量の輸血用血液が必要だった。それを聞いた道場の弟子たちが全員協力を申し出、病院始まって以来の大量の血液が集まった。 初めて人に恩を感じた。 「よし、この子たちをアメリカに連れていってやるぞ。恩返しだ。」 この決心を実行したのは67年夏、16歳から24歳までの弟子百人以上を連れて渡米し、40日間毎日試合をして回り、国際空手試合では、「綾空会」が優勝した。 このツアーは87年まで二年毎に実行した。 重病のわが子を見ながら新倉氏は考えた。動物は自分の子供の病気をなめて治してやる。 戦後の食料難の時代に乳児を抱えた母親は、自分の骨や血を乳に変えて子供を育てた。子を思う母親の愛情がそれを可能にした。自分も愛情でこの子を救おう。 深呼吸で宇宙の気を腹にため、長い吐息と共に気を掌から送り出した。治ってほしい、必ず治してやるとの願いを込めて送り出した気は、長女の体内に移り、病状はみるみる回復した。長女の難病が気を治療に使うきっかけとなった。 手術なしで潰瘍が消える…医師には信じられないことだった。まして気などという治療法は…。 「気は愛情でした。そしてエネルギー(生命力)でした。」 中国などで行われている気功というものを知るにつけ、自分の気と似ていると、新倉さんは思う。 「しかし、私の気の10パーセントくらいの力しかないと思いますよ。」…
The Power of Ki – Japan America Digest – March 1996-
Japan America Digest 3/4月号 1996年 HEALING HANDS 癌が治る!? 掌の不思議… 「気の力」~新倉先生を訪ねる~ ダイエットとの関係か、アメリカでは癌にかかる人の率が多い。統計によると、癌にかかった人の半分は、最終的に西洋医学以外の治療法にもすがっていくとある。癌の確実なる特効薬が発明され るまで、癌患者は「藁をもつかむ」心境なのだろう。そんな中で、人の手から出るエネルギー、「気」というものの力で実際に癌の患者が治ったという話を耳にする。人はすぐ「そんな馬鹿な…」と疑いたくなる。それは、私達の頭があまりにも西洋医学の常識で凝り固められているからではないだろうか?もし逆に、われわれの頭が「気」のようなエネルギーや精神的なもので病気が治るという常識に慣れていたら、西洋医学的にメスで人の体を切るなどということを聞いたら、すぐに、「そんな無茶な。とんでもない。」と思うのだろう。それだけに「気」というものを信じる信じないは別としてまずはオープンマインドで偏見を持たずに耳を傾ける必要はあるだろう。USニュース &ワールドリポートによると、「最近は西洋医学の医師達も、ハンドヒーリングを「補足的看護」として取り入れ始めているという。医師の何人かも、それが患者の気持ちを間違いなく落ち着けるという点で同意している。その結果 は少なくとも、癌患者のストレスを少なくするという点では効果 を見せ始めているようだ。 精神の状態いかに体の状態を大きく左右するかということは誰もが認めることだけに、このストレス解消が、うまく癌の回復につながっているケースも出てきているのだろうか。 しかし、西洋医学の医師の中には、ハンドヒーリングなどを与えると患者を混乱するだけだから「危険なことである。。」とまで言い切る人もいる。 そんな中で「気」に全生涯をかけている1人の日本人に出会った。その人の名は、新倉勝美。格闘技で元チャンピョンだったという新倉氏。 今、一番の強敵は、彼の体の何倍もある大男ではなくなった。これまで負け知らずでのさばってきた相手、人々の健康な体をしだいしだいに襲っていく憎き相手は…「癌」・・・ それは脳腫瘍となって、まず新倉氏の最愛の娘を襲った。可哀想な我が子を救ってやりたいその親の一心と深呼吸とともに出す「気」で病気に立ち向かった。すると、信じられないことが起こった。手術なしで娘の腫瘍が消え去ったのだ。担当医師にも理解のできないことだったが、とにかく彼女の病気は完治し、21年後の今も元気に暮らしているという。 新倉氏は、「気は愛情です。」と言い切る。この神秘的な力を自分の娘だけに限らず、もっと多くの人にも与えてあげよう。そう決意した氏は、アメリカまで渡り、格闘技の指導をするかたわら、毎日何人もの癌患者に「気」を送っている。しかもライセンスがないため治療費はただ。患者はマットの上に敷く紙代として、50セントを備え付けの缶 に入れるだけ。 「難病を治せば、その実績で正式治療師として認められるのではないかと、千人治療を目指しています。」という新倉氏に休みはない。 今日も明日も、重い病気を抱えて医師にも見放された人々が氏の道場の前に列を作る。 ある日の午後、新倉氏の道場のあるスターリングハイツを訪れた。「気」の使者はまさに根性の塊。全体にエネルギーが満ちている感じだ。格闘技の練習にきている弟子たちは誰もが先生である新倉氏より体が大きい。 しかし、彼の気合が彼を何倍にも大きくしていた。 そんな彼を変人と見る人も多い。そればかりか、医者の営業妨害であると文句を言われ、インチキではないかとた試されたり、いやがらせに逢い、襲われて傷ついたことも何度もあるため、氏の道場の電話はスターリングハイツの警察に直結している。格闘技の弟子の何人かの警察官も彼の強い味方である。 その日そこにいた癌患者の一人は、REIKOさんという日本人。彼女もこの先生に会っていなかったら今はとっくに亡くなっているはずの人。それだけに、新倉先生の全面 的支持者である。「先生のおかげで癌が治ったばかりではなく、この頃は、体の調子がすべて良くなったのですよ。」とうれしそうに語るREIKOさんの頬はほんのりピンクがかっていて、本当に重病患者で死に直面 していた人などとはとても信じられない。奇跡を目のあたりにした思いがした。空気が動くと物を動かす力が出る。それが風だ。体の中にも風があって、それが心臓や血液を動かす。 体の中の風。それが呼吸だ。意識して吐いて体の中に風を起こした。 「掌からこの力を外に出せる。」これが新倉氏が12才のときに考えついた理論だった。それが医学的に成り立つか、成り立たないかということが問題になっているようだが、死を目前とした者にとっっては、理論よりももっと大切なものがあるのではないだろうか。今日も新倉氏の道場の電話は鳴り続ける。それは、ニューヨークから、インディアナから、もしくは、新倉氏の母国日本からの生の末端で助けを求める人たちの声なのだ。さぁ、あなたは「気」の力を信じるか、信じないか? 新倉先生ご協力ありがとうございました。これからも「気」の力で頑張ってください。
OCS NEWS MAY 29, 1997 Dr Hisako kouzumi
OCS NEWS 5/29/1997 飯村昭子のノートブック #23 気を勉強する大学病院の医師たち 西洋医学の殿堂ともいうべき大学の医師たちが、治療のために気のトレーニングを受け始めた。 西と東に分かれていた医学の世界が融合し、拡大しつつある。21世紀に向けて人間の癒しの問題は大きな方向転換を迫られている。 1月から気のワークショップを始めたオハイオ大学病院の現場を訪れた。 ニセ医者から医者へ オハイオ大学のキャンパスに、気のワークシヨップが新設されたと聞いて出かけた。 毎月第二と第三の週末の午後、体育館を会場に20人ほどの受講者を集めて講習が行われる。 講師は格闘技を基本に気を編み出し、がんなどの難病に 取り組んでいる新倉勝美氏で、毎回、ミシガン州から弟子2人を伴って4時間ドライブして訪れる。 ナース、学生、気功に興味のを持っている人、交通事故に遭って身体に障害のある人、白衣のポケットから聴診器をのぞかせた医師もちらほら。 障害者のリハビリテーションに従事しているという若いセラピストたちも、真剣な表情でマットの周囲に集まり、新倉氏の指導を待っている。 車椅子に座っているのは、脳卒中の後遺症で左半身が不自由な男性、その傍らに小柄なその夫人。 幸泉久子博士の気についての解説でワークシヨップが始まった。ワークシヨップ開設を実現した幸泉博士は、この病院の児童精神科の臨床医として、常に 新しい治療法を追求している。気による治療を、知識だけでなく実際に関係者が研修できるようにしたいと、大学に働きかけた。 気という東洋医学の発想が西洋医学の発展に何かを寄与するかもしれないという期待が、幸泉博士たちの胸中にはあった。 東洋医学書などで実際に学んだ気に実際にふれたいという思いを抱きつずけていた時に出会ったのが新倉氏だった。 ニューヨークまで出かけて自分の目と身体で新倉氏の気を確かめ、現代医学にプラスするものがあると確信し、半年以上かかって実現したワークショップだった。 第一回目のワークショップは一月の最週ウイークエンドで、ミシガンの新倉氏の道場から20人以上のメンバーがバスで乗りつけ、参加した医師やナース、医学生たちに気のデモンストレーションを見せた。 全員マットレスの上に座って呼吸の練習を始める。 「気は身体の両側から出ているので、それをすくって前に出すように・・・」 と新倉氏。 彼の目には人間の身体からわき出す気が見えるのかもしれないが、これが見える受講者は一人もいない。 見えない気を想像の目で見つつ、シー、シーと唇の間から吐気音を出しながら、気を外に向けて送り出している。 「この間ケンタッキーでやったときは大変でした。閉めきった会場に90人以上の人がいて、いっせいに気を出していたんです。その時遅れてきた人がドアを開けて入ろうとした。中に充満していた気が開かれたドアに向かって流れ、入ろうとした人が気に押されて後側に吹き飛ばされてしまったんです。」 新倉氏の体の2倍もある大男のポールが、新倉氏の出す気をまともに受けて後ろ向きに吹き飛ばされた。 一指もふれずに忍術のように大男のポールを吹き飛ばすありさまを目の前にして、見えないいエネルギーの存在を認めざるを得ない。 小柄な新倉氏の身体を、数人の受講者が腕を持ってかかえ上げる。軽々と持ち上げられて両足を宙に舞わせる新倉氏。 「では、気で抵抗しますからもう一度上げてみてください。」 もう一度腕を取られた新倉氏の形相が変わる。眉と目がつり上がり、力んで赤黒く変色した仁王のような顔。 さっきの受講者達は同じように彼の体を持ち上げようとするが、巨岩のように重くなった新倉氏の身体はびくもしない。「これが気です。」と新倉氏。 いきなりマットの上の正座した新倉氏。その真後ろからポールが、新倉氏の頭めがけて力いっぱい木刀を降りおろす。頭に刀がふれたかと思われる瞬間、ポールは木刀もろとも後ろに吹き飛ばされた。「頭から気を出して殺気を追い払いました。」 一同、シーンとしてあっけにとられている。 「このデモンストレーションは、気の力を知っていただくためにやりました。みなさんには、この気の力を病気の治療に使っていただきたい。」 気は特定の人の力ではなく、呼吸している生物全てが持っているエネルギーで、生命力と同じ。あらゆる動物、植物全てがこのエネルギーで生かされている。 病気は気が病んで全体のバランスが崩れている現象だから、不足の気を補ったり余分の気を抜いたり、スムーズに流れるようにしたりする。 そのテクニックを伝授するのが、このワークショップの目的である。 呼吸によって強い気を作り、それを体以内に入れて内臓の中まで揺すってしまう。がん細胞を組織から離してしまう。エネルギーを入れて動かない手を動かしてしまう。 メスも薬も使わずに呼吸だけでそれほどの効果が上げられるという説明を、メスを持って治療する医師達が黙って聞いている。 新倉氏の指導で、基本的な治療法の実習が始まった。 「そうです、両脇からでる気をうまく前に送ってください。」 2人組んで、お互いに気を送り合う練習。 そうして、やがて病人に気を送るようになるのだろうか。 「私はニセ医者です。ここには本当のお医者様がいらっしゃる。どうかこの方法で病気を治していただきたいのです。」 気は愛 空手、柔道、剣道、合気道、その他、ありとあらゆる格闘技を勝ちぬいてきた新倉氏は、いくら勝っても常に挑戦される王者の虚しさ、孤独、耐えがたい寂しさをよく知っている。 「人を倒すのではなく助ける気だけを作りたい」 ミシガンの道場の壁に、”気のクラスはがんなどの重病を治す研究をしています。お知り合いにそういう方がいらしたら先生にご相談ください”の張り紙を出したのはもう5年も前のことだ。 アメリカに渡って10年目。殺気の出し合いで生きる格闘技の生活に、疑問を持ち始めた頃だった。 がん、筋萎縮ジストロフィー、脳梗塞による半身不随、骨や筋肉の異常、幼児の発育不全、視力低下、その他、難病奇病に苦しむ人々が、新倉氏のことを口伝てに知って次々と訪れた。 「たくさんの病気の方に、私の気は育てられました。初めての病気が現れるたびに、どういうふうに気を入れようかと考え続けるのです。そうやって考え出した方法が、一万種類以上あります。それでもまだ、新しい方法を考えなければいけない病気に遭います。」 病気との闘い。格闘技のチャンピオンベルトからは与えられない喜びが新倉氏をますます気の研究にかり立てた。 治った人たちの感謝、優しい人たちとの出会い。それはいたわり合う愛の世界だった。 新倉氏は自分の気のクラスのパンフレットに書いた。 「気は愛です。」 …
“Ki is the wisdom of mankind which has existed for 5,000 years.”
氣は五千年前からある人類の知恵 サンフランシスコで行われた世界気功会議は、科学に発展につれて人類が忘れ置き去りにしてきた”気による癒し”を もう一度思い起こそうというものだった。 世界の気功家が集合 病気の部分を果物の腐ったナイフでえぐり取るように西洋医学の治療の考え方とすると、東洋の医学では体全体をエネルギーの循環する一つの宇宙と考え、その流れのよどみや希薄な部分を整えることが治療であると考える。 エネルギーは5千年来の中国流で言えば気である。気が程良い勢いでまんべんなく回っていれば健康なわけだ。 気功はこの中庸のとれた気の流れを維持し、心も体も健康にしておくための5千年の伝統を持つ人類の知恵といってもいい。 難しい理論もなく器具もいらない。高価な薬品も使わない。それで治癒力を持てる気功は、常識で考えれば手品師か超能力かペテン師のようにしか見えない。 特に19世紀以降の科学万能の時代には、こうした証明のできない非科学的な治療法や民間療法は過去のもの迷信とさえされてきた。本場の中語でも文科大革命によって根こそぎにされた。 今も伝えられているとしても、細々とした民間療法としてである。 それが、見直されるようになった。 正式に医療として認められるまでにはなっていないが、少なくとも医学の分野の医師、研究者学生看護婦の間で急に注目される様になった。 細々と市井で孤独に伝統を受け継いでいる気功家に頼る病人も増えている。 複雑ではっきりとなずけようのない病気や慢性病が多くなり、決め手となる薬や治療法がなかったり、病人が非人間的なハイテク治療機器に不安を抱いたり、気功見直しの原因はいろいろと考えられる。 第二回世界気功会議が第一回全米気功会議としてサンフランシスコで開催された11月21日からの1週間は、西欧医学で気功への熱いまなざしが急激に燃えた時期でもあった。 「気功週間」と、ブラウン市長によって宣言されたサンフランシスコの町のあちこちには「Quigong Week」の幟がはためいていた。 会議はホテルのフロアを2つ借りきって行われた。 集まったのは、米国、カナダ、台湾、日本、マレーシア、インドなどのアジア諸国、ドイツ、スイス、オーストリアから西洋医学、中国伝統呪術、太極拳、格闘技、科学、物理学、仏教そのほか様々な背景をもった気功に専門家100人。受講者は さらにその何倍かいた。 この人たちのほとんどもまた、ヒーラー、ソシアルワーカー、学生、芸術家などである。 気による独自の治療法を開発し癌、白血病、事故による脳障害、麻痺など現代医学で難病とされている様々な分野で実績を積んでいる新倉勝美氏も、この会議に講師として招待され、門下生25人と「気=愛」「気と心」をテーマに、強烈なパワーとその治癒力を公表することになっていた。 呼吸と瞑想で気作り 連日同時多発的にワークショウップが開かれた。すべてのクラスを取ることは不可能なので、この機会に気功のすべてを学びたいと思っていた参加者は、選択を迫られて必死にれパンフレットを読んでいる。 少しずつクラスをのぞいた限りでは、動作を取り入れて実際に気を体内で作り出す方法を教えるのと、気の発生を図式などで説明するのと2通 りのクラスに大別されるようだった。 「ほの暗い明かりの中で、ゆっくりと上下させる両腕。そこに大きな球を抱くようにイメージして・・・」 光沢のある絹の中国服を着た講師が、通訳を通してそう言うと数十人が同じように腕を上げ、目を閉じ神秘的な表情をして丸い空気の球を抱く。 はばかるような静かな呼吸。世界がとてもデリケートで、見えないものが見えてくるような気がする。 「外の大きな宇宙と中の小さな宇宙がつながり大きな宇宙と一体となって永遠の命の流れの中に呑み込まれる。」 エゴのつっぱりで偏っていたバランスも、こうして正常になり病気も癒えるエネルギーが強まってビジネスにも社交にも成功する。老化がなくなる 。 あるいは、「宇宙は相反する二つの要素で成り立っています。つまり陰と陽です。陰陽はけして同化せず正反対の方向に よじれる運動をします。縄のようによじれたその中央にできる”無”の領域。そのブラックホールのような部分から気が生まれます。」 スクリーンに映し出された大きな円。白と黒の対照的な領域が曲線で描かれている。 その中央の小さなスポットが問題の気の発生の場所であるという。 この理論でエネルギーの様々な問題が解けるだろう。 電気のプラスとマイナスの衝突による雷。ショートするのは気の発生なのだろうか。雲や風や、自然界の様々な動きエネルギーの移動。 「生体のエネルギーもこのようにして生まれています。ストレスもエネルギーの調整で解消されます。」 ”音や光によって、超越的な魂と純粋なエネルギーを備えた永遠の肉体を生み出す。”という、密教的な気功もあった。 幸せな性的関係、ビジネスで成功する脳力など人間関係で力を発揮する気、糖尿病や喘息などの慢性病を治す食物の気を取り入れる方法、癌や心臓病を治す気など、様々な気が紹介されていたが、基本は共通 して呼吸と姿勢、動き方にあるように思えた。 治療のみに挑む新倉式気 時には針の落ちる音も聞こえるほどの静寂の中で瞑想し、時には屋上にかけ上って思い切り声を出す。 そうしながら様々な気を作って外側宇宙の気と通 い合い大きなエネルギーを得る。 様々な気を作って外側の宇宙の気と通い合い、大きなエネルギーを得る。 新倉氏のワークショップは一番大きなホールで開催されていた。 揃いのオレンジ色のTシャツを着た門下生たちが、参加者と混じって大きな輪を作り、新倉氏の指導で気を作るトレーニングを始める。 門下生のひとりの腹筋を気によって硬直させ、両側から支えられたその体の上に自分が乗ってみせるというデモンストレーションを開会式で行ったためか、新倉氏のクラスには気合いの入った参加者が多く皆積極的にアクションに加わってくる。 独自の呼吸法で作った気をお互いに送り会うペアの動作では、初めて気に圧される体験をして驚く人が続出する。 200ポンドの門下生を、小柄な新倉氏が一指も触れずに気合いだけで吹き飛ばすと、会場に「おっ」という感嘆の声がわき起こった。 こうしてみると、新倉氏の気は多くの気功による気作りとはずいぶん違っていることがわかる。 ほとんどが静かな瞑想により、自分の心身に気を充実させ、そのエネルギーで宇宙とつながっていくのに対し、新倉氏は、既に体内に蓄えてある気を吐きだし、そのエネルギーによって人間の部分、あるいは内部を動かす。そしてその力で、病気の部分に作用していくのだということが分かる。 新倉氏のように、格闘技でエネルギーの蓄え型を身につけていなければ病気を治すほどの気は出せないのではないかと誰でも思うのだが、新倉氏はそれを打ち消した。 …
People Hokubei Mainichi -Dec 11 1999
ぴーぷる 精神科医 幸泉 久子 西洋医学を学んだ精神科医が東洋医学に関心を持ち、中国医学も学び、先月サンフランシスコで開催された第三回世界気功大会で、EDSTという測定器を使い気エネルギーを測り報告した。 また報告のあと別の会場で電話を通しても気を送ることができることをEDSTが証明した。「気に興味を持ったのは数年前、中国の物理学者が気を測定しているという記事を読んでからです。 しばらくしてニューヨークで新倉さんが気のワークショップをやるということを知り、出掛けていきました。」そこで新倉勝美さんの気を自分で体験した。ミシガン州で合気道場を開いている新倉さんは格闘技を通して気を出すことを体得、白血病やガンなどの治療に取り組んでいる。 ワークショップでは気の出し方を指導。今年の1月からオハイオ大学医学部のキャンパスでも新倉さんの気のワークショップが始まっている。「気を学んでから自分の気のレベル、状態に注意を払うようになりました。 話をしていて自分の気持ちとかエネルギーのレベルが患者さんのほうに反映していると思うんです。 ですからそれに対して敏感になるというか、気をつけるようになりましたね。」四国の徳島出身。大阪大学医学部を卒業、インターンをして国家試験を通ったあと1966年に夫君の留学で渡米した。 彼はブラウン大学で博士号を習得した後は、オハイオ大学で25年間経済学を教え現在は京都の龍谷大学で教鞭をとっている。「96年から日本とアメリカで国際別居やってます。 私はしばらく2人の子供の子育てをしまして、下の子が幼稚園に行くようになってからオハイオ州大病院で精神科医となり、今は児童精神科医と教えることとリサーチをやっているんですよ。 子供は29歳と30歳。それぞれ独立しています。」今回発表に使ったESDTは、手足の”ツボ”から経絡(漢方でいう血脈の流れる経路)を通じて内臓各器官のエネルギー量を電気で測定する装置だ。「発表の場で出された疑問は、気というものがどういうものか、またツボがあるとするとどこにあるのか、主観が入るのじゃないかということでした。 科学を突詰めていくと何が残るかということになるのですが、測る側のテクニシャンが気を入れていることを知っているわけで、客観的じゃないということです。 しかし自分がテストする場合にまったく主観を殺すわけにはいかない。そこのところが難しいのです。 今回の報告はまだ本当に初期の段階です。もう少し確定したものが出れば気をなさる方の励ましになると思うのです。 気を入れてもらうだけでなく訓練で気を出すことができれば、自分で自分を健康にし、医者にかからずに健康の主導権を取ることができる。 そうなったらいいですね。今は入り口にいるわけですが、いずれは治療に使いたいと思っています。」相手を抱きこむようなやさしさ、おっとりした語り口は生来のもののようだ。来年4月にはさらに症例意を増やして、ドイツの学会で発表する予定だ。